LOGIN青井恵美が我が家に突撃してきた日から1週間後、涼の両親から 呼び出しがかかった。 きっと青井恵美と涼のことだろう。 彼女、やったね。Good Job! 子を持つ女は強くなれるんだろうね、きっと。 はて、義両親は私になんて言ってくるのだろう。 今回私ひとりが呼ばれているのだが。 まぁ、私にとっては好都合かもしれない。 ◇ ◇ ◇ ◇ 谷村の実家に着くと応接間に通されるや否や、義両親ふたりから頭を 下げられた。 「先日涼の浮気相手の青井さんって女性があなたたちの居る家へ行ったこと 聞いたわ。 実はね、涼じゃ埒が明かないと彼女2日前に家に来たの。 私も主人も、もう吃驚して。 あの馬鹿息子ったらあなたのような素敵な女性を妻にしながら何やってんだか、 本当に我が息子ながら涙が出たわ。 謝って済むことじゃないけど、ほんとにごめんなさい、希樹さん」 「すまないね、希樹さん」 お義母さんは泣きながら、そしてお義父さんは苦虫を 潰すような何とも言えない顔で謝ってくださった。「涼は彼女とは結婚もしない、誰の子かもわからないのに認知もしない、 そして希樹さんとは絶対別れないって言ってるの。 だけど青井さんはどうしても子供のためにまずは認知だけでもしてほしいって 言ってきてるのよ。 あのふたりのしたことは最低なことだけど、産まれてくる子のことを思うと 私たちも複雑で……。 それにあなた抜きで決めていい話だとは思えなくて。 結論が出てるわけではないんだけどね、今のあなたの気持ちも確認して 今後の対応を考えていこうかって、主人とも話していて……。 それでごめんなさいね、涼が一緒だと言いにくいこともあるでしょうし、
先日の奥さんとの会話中、私はかなりテンパってたと思う。 私から奥さんへの高ピーで失礼な物言いに対する謝罪もなしに お願い事をされても、そんなのできないに決まってるでしょって── 確か言われたような気がする。 奥さんに今更謝る? 私の助けになるかどうかもわからないんだし、私だって最初から 無茶振りしてることは自分が一番わかってる。 わかっててしたんだし、謝ったりできないわよ。 奥さんに言われた時も謝れなかったし。 もし今、同じこと言われてもやっぱり私は素直に謝れないと思う。 だってそうでしょ! しょうがないのよ、こうなったからには。 奥さんも言ってたけど── そうそう、恵美、落ち着くのよ 落ち着いて深呼吸~。 大きく息を吸って吐いてよく考えるの。 どこかに解決の糸口があるはず。 ほら、考えて。 谷村くんに言っても駄目、奥さんに言っても駄目、とすると あと誰がいる? 今、私が踏ん張らないとこのお腹の子は私生児になってしまうの。 恵美、頑張るのよ。 何のために頭がついてるの、ほら……。 とにかく、私は谷村くんと結婚できないとしても子供の認知だけはどうにか 解決しておかないといけない。 考えに考えた末──こうなったら谷村くんのご両親に会って彼を説得してもらうしかない という結論に達した。 それで駄目なら、自分の両親に相談してお金を借りて裁判を起こしてでもと、 そう決めた。 裁判までなんて、最初は全然思いもしなかった。 だけど一番の頼みの綱である谷村くんが、奥さんとの離婚なんて微塵も 考えていない様子で、逆に私とのことは遊びというスタンスをとられ、 その挙句手酷く罵られた。 そんなこともあって、ひとり何故か谷村くんの不倫相手である自分ばかりが 焦っていて、本来突然の出来事に騒いだり泣いたり取り乱してとりすがったり するはずの奥さんが、妙に余裕ぶっこいてて……。 はぁ~なんなの、この展開っていう感じになっている。 ことここにきて、私は自分が将来の見えない不幸な子を…… 産まれてくる前から不幸になるのがわかっている子を……この世に送り出そうとしていることに気付き、急に怖くなった。 そして、この子だけは何としても守りたいと強く思うようになった。
私は何て浅はかなんだろう。 薄々気が付いていながら自分の心に蓋をして──私を追いかけて好意を私に向けてくれていた頃の谷村くんの態度や言葉に いつまでも囚われて、真実を見ようとしなかった。 昨日の谷村くんの冷たい罵声で目が覚めた。 もう本当ならここで引き返すべきは、わかっていた。 だけど、本当になんということをしてしまったのだろう。 私は自分が結婚するために誰からも望まれていない子を 自分勝手に宿らせてしまったのだ、この身に。 子供を道具に使おうなんてしたから、バチが当たってしまった。 私が谷村くんの家を訪ねた時、あのふたりはちょうどまったりと 仲良くお茶をしようとしているところだった。 私の入る余地なんてないほど奥さんの希樹さんは、私より年下だけど とても落ち着いていて── 谷村くんを感情的に問い詰めたり、大声で罵倒したりなんてしなかった。 私に対してもクールに対応していた。 正妻の、妻という座にいる自信からなの? 谷村くんの望んでいない妊娠。 私との結婚なんて微塵も考えていない。 奥さんは? え~と、確か別れてもいいみたいな発言があったよね。 だけど別れたいとか、別れようと思うとかは、言ってなかった。 あれはどういう意味だったのだろう。 私は追い込まれていて、いろいろ過去の谷村くんや奥さんの言葉を 思い出しては、どこかに私とお腹の子の活路を見出せないものかと 足掻いた。 苦しい、なのにどこかに救いはないものかと考えることをやめることが できず、眠っている時以外は、胸がはちきれそうでとても苦しかった。
44 ◇泣きの連絡 翌日、青井恵美から私に泣きの連絡が入った。「会ってください」「もう会わないわ。 だけど電話でお話聞くだけなら聞きますが。 夫、あなたとの交際、やっぱり遊びだったでしょ?」「……」 図星ね。 きっと昨日は涼から冷たい態度を取られたに違いない。「騙されたって言われたわ。 このお腹の子のことも、そんなの知らないって。 わたし……わたしどうしたらいいんでしょう? 助けてください」「蒸し返すようでなんですけど、私が夫にしがみ付いているからあなたたちが一緒になれないとか、夫とあなたは愛し合ってるとか、いろいろと強気で呆れるばかりの言葉で私のことを侮辱したこと、覚えてます? 一度もそのことであなたからの謝罪の言葉も聞いてないのに、そんな相手からお願いされてもね~。 こんな状況で、はい、いいですよって助けるような人間っているんでしょうか? どう思います?」「あの時は谷村くんがこんなに冷たい態度をとるなんて夢にも思ってなくて」 まぁだ言い訳してる。 素直に謝らないんだ。 まぁ謝っても謝らなくても助けてなんてあげないけどね。 胸の内でそう呟いた。 「何の力にもなれないわ。 それに夫は私とは別れたくないそうなの。 余所に子供を作るような夫なんて私はいらないんだけどね。 私も困ってるのよ」 面白いわぁ~。 私と青井恵美の利害は、今やある意味一致しているというのに、肝心の涼が相反する行動をとるんだもん。 1つだけはっきりしていることがある。 涼は私のことも青井恵美のことも大切には
1時間程で夫は戻って来た。「希樹」「彼女年上なの?」「あぁ、29才」「涼、女の子泣かしちゃあ駄目だよ」「泣かしてなんかないよ」「それと、優しくしても駄目なの知ってた?」「……」「そして、勘違いさせても駄目なんだよ? 涼、私と離婚したいの?」「俺は青井さんに結婚しようなんて一度も言ったことない」「ふふん、だけど一緒になろうって言ったんじゃなかったっけ?」「……」「涼がタラシだったなんて、ショックだな。 子供どうすんの? 彼女は産む気だよ。 ただの遊びでは済まない話になってるんだよ?」「ごめん。ついっていうか、ただの浮気だよ。 俺、希樹と別れるつもりないよ」「愛もないのに? 世間体のために私に執着するのはもうやめたほうがいいと思う。 私たち、別れましょ」 「いやだ。俺、絶対別れないから」 そう言うと、涼は自分の部屋へ逃げ込んだ。 涼、どうしてもう詰んでるってことがわかんないのかなぁ~。 もし妊娠が本当だとしたならば──彼女だって三十路前で妊娠までして、それこそ身体張ってるんだよ? この勝負にね。 自分だけ元の立ち位置にいられるなんてどう考えても無理なのに。 そのお目出度い|脳《オツム》が羨ましいよ。── 青井恵美を追って行った時の谷村涼 ── 「恵美、どういうこと? 何でこんなことすんの?
「奥さんがいるからって今更そんな言い方しなくても……。 私たちが付き合っていたことを証明するものは残してあるし、何てったってこのお腹の子のDNA鑑定したら確定でしょ。 谷村くん、もう逃げられないわよ。 約束通り私と結婚してもらわないと困るのよぉ」「一体誰の子だよ」 涼がすかさず問い詰める。「何言うの、あなたの子に決まってるでしょ」「既婚者とわかっていて簡単に寝るような女の言うことなんか信じらんないね。 俺の他にもヤル相手はいたんだろ? 避妊はいつもきちんとしてたんだし」「酷い。本気で言ってるの? あなたでしょ、誘ってきたのはあなたのほうからじゃない。 私、誰とでもすぐヤる人間じゃないわ」 涼の奴、もう青井恵美とヤッたこと前提での会話に突入してるよ。 笑える~。 今や2人の前から私の存在は消えてなくなっているらしい。 ほほう~それで、次の話を聞こうではないの。 遠慮はいらん、続けたまえよ誉め称えよ。 アレっ? 心の中でせいぜいふたりに発破をかけていると、女はいきなり私に話しかけてきた。「奥さん、谷村くんを私にください。 まだ奥さんには子供がいませんよね。 お腹の子を父親のない子にはできないの。 わかってください。」『わぁ~、必死だね。すごぉ~い。えっと、ここは何て言えばいいかしら』 私が言葉を探していると涼が先に反応した。 『助かった~』 「何勝手なことを言ってんの? 俺たち夫婦のことを勝手に決めてんじゃないよ。 とにかく今日は、このまま帰ってくれないかなぁ、迷惑なんだ